お侍様 小劇場

   “どこでもいっしょ” (お侍 番外編 24)
 

 
 今年もまた猛暑続きの暑かった夏でしたが、そうこう言いつつも気がつけば涼しい風が立っておりまして…などと。朝夕のニュースショーの、お天気コーナーの予報士さんたちが、口を揃えてそんなことを言い出し始めており。そういえば、毎朝庭先で竹刀を振っている次男坊だが、それを終えてのお勝手からシャワーへと駆け込んでくる勢いが、微妙ながらも

 “ここのところは穏やかな足取りになって来たかなぁ。”

 なんて。妙なことにて秋の訪れの前兆とやら、実感しているおっ母様だったりし。

 「…でね?
  デジカメの画像整理をしていたら、だいぶ古いところまで溯ってしまって。」

 フィルムのころと違って、PCやテレビにつないでだって見られるし、家に居ながらプリンターで写真にも出来るからって。すぐに現像に出すってこと、しなくなったせいでしょうかねと付け足した平八が、錦木の垣根越しに“はい”と七郎次へ差し出したのが、少し大きめの長封筒。洗濯物の乾き具合を見にと出て来たところを呼び止めてのことであり、そちらさんは今日は一日手が空いててのお暇だったらしくって。
『何ですよ水臭い。相手欲しやでいたのなら、携帯で呼んで下さればよかったのに。』
『だって まだ夏休みですもの、久蔵さんがいるんじゃないかって思いましてね。』
 シチさんを奪ったと恨まれでもしたら恐いじゃないですか…なんて。冗談とも本気とも、どちらとも取れそうな、結構な真顔で言った平八から差し出された封筒は随分と分厚く。中身というのがまた、

 「あらら、これって…。」
 「町内会のお花見のときのと、GWにバーベキューしたときのです。」

 不意を突かれたようなのや、カメラに気づいてないかのように明後日を向いているものまでと。結構多彩なアングルの、島田さんチの面々の写真が…数十枚ほども入っており。

 「ちらっとでもフレームに入っていたのは余さずってノリで、
  片っ端から拾ってプリントアウトしたんですが。」
 「わあ、これは嬉しいなvv」

 余計なことをしましたかねと続けるつもりだったらしい平八が、それに反して上がった喜色のお声へ、彼の方こそ おやと意外そうに片方だけ眉を上げてしまったほど。そのくらいに喜んでおいでの七郎次だったのは、

 「いえね、ウチにある写真て…特に久蔵殿のは、
  撮りますよと呼んだ方を、同じようなお顔で見ているものばっかりで。」

 寡黙で表情も非常に乏しい次男坊。普段のお顔だって多少は微妙に違ってもおりますが、こうまで色々なお顔だって見せることはあるのにと思うと、それを撮った写真がないのが口惜しかったおっ母様。あ、これなんか可愛いじゃないですかvv おかきの袋を力任せに開けたときのですね。びっくりしても可愛いなんて、もうもうもうvv 親ばか全開は相変わらずですねぇ、でも意外なお顔だったらシチさんだってやってますよ。それと、ほらこれとか なかなか良いでしょう? あああ、何でこの時のが…っ。///// データから全部消して下さいよう〜。////// 何でですよ、可愛いじゃないですか割烹着。なかなかの保父さんぶりでしたし。だってあの時は、ヘイさんがポン菓子の機械なんて持ち出すから、小さい子がご近所中から集まってしまって大騒ぎになったんじゃあないですか。勘兵衛様にも久蔵殿にもこれまで内緒で通してたってのにぃ……と。

 相変わらず、なかなか朗らかなご近所付き合いを展開されとります お二人さんなようでして。
(笑) それは今更だからともかくとして、

 「そんなにお写真 撮ってないんですか?」

 カナリアの羽根色をした金の髪に、深みのある白い肌。すべらかな頬に玻璃玉のような双眸が映え、品のある口許は引き締まって形よく。どちらも武道を嗜んでおいでなせいで、それはそれは均整が取れてすっきりした肢体をなさっていて。笑顔から寝顔まで、どんなシチュエーションでも文句なく絵になろう、すこぶるつきに美青年と美丈夫のお二人だってのにね。そういうところには無頓着だとしても、お互いをそりゃあ大切にしておられ、大好きな家族としている彼らなのだ。何でもないときにだって、カメラを向けていそうなほどじゃあないのかしらと、素朴にもそうと感じたらしい平八へ、

 「いえ、写真は撮ってますが。」

 困ったように眉を下げ、

 「リゾートっていうのは苦手ですが、
  骨休めや観光がメインの旅行にも、結構出掛けちゃあいますしね。」

 ただ。何しろ勘兵衛の休みが不定期なので、そういうバカンスめいたお出掛けとなると、もっぱら久蔵と二人での外出がメイン。と、なると、

 「男二人でのお出掛けで、二人並んで“はいチーズ”ってのもないですからねぇ。」

 どうしたって互いで撮り合う格好になってしまうので、二人共にと写っている写真は皆無に等しく、手元にあるのはどちらかだけのものばかり。しかも、そういう撮り方では、久蔵のお顔もどうしても証明写真もどきになるばかり…だったので。不意打ちものも含めて、並んでいたり、構い構われしていたりという構図で撮られている写真というのは、七郎次にしてみれば嬉しい限りだったらしく、

 「ありがとうございますねvv」
 「いえいえ、どういたしましてvv」

 お礼と言っちゃあ何ですが、お独りならお昼はウチで食べませんか? いやいや、平日でも家事仕事がお忙しいお人にお仕事増やさせたら、それこそ久蔵さんから噛みつかれちゃうと。今度は にこぱと笑って言い返したその途端、某国営放送のお料理番組のテーマ、マリンバVer.が軽やかに鳴り出して。あややと慌ててデニムパンツのポケットへ手をやった平八が、引っ張り出した小さなモバイルを頬に当てての応対を始めて……ほんの二、三言にて相好を崩す威力の素晴らしさ。

 「すいません、シチさん。ゴロさんが駅前まで出て来れぬかと。」
 「おやま、隅に置けませんね。デートですか?」
 「やだなぁっ。何言ってますかっ、デートだなんてっ♪」

 否定の言を連ねながらも、照れ笑いが何とも嬉しそうなエンジニアさんへ、それじゃあと頂いた封筒を手に母屋へ戻っていった七郎次であり。さあ急いで着替えねばと、こちらも家の中へととって返した平八ではあったれど、
“でもなあ。男二人でのお出掛けで、二人並んで“はいチーズ”ってのもない…もんなのかなぁ?”
 セルフタイマーなんてなものを使うでもなく、通りすがりの見知らぬお人へシャッターを任せて。五郎兵衛と二人並んで撮った写真や映像やら、結構な量をファイルしている平八としては、

 “シチさんて案外と頭が固いところがあるんですねぇ…。”

 なんてな感慨を覚えてしまったらしかった、夏の終わりの とある真昼のひとこまであった。





  ◇  ◇  ◇



 平八に分けてもらった写真の数々へは、久蔵も関心を持ってのつくづくと眺めており。ご飯を食べ終えてからにしなさいと、七郎次の口から久々にお行儀への叱言が飛び出したほど。不意を突かれて驚いていたり、その後、くすすと含羞むように微笑うお顔の なんてまあ可愛らしいことかと、七郎次からやんやと囃され愛でられたのへ。そういう方向での言われよう、さすがに真っ向から受けるのは忍びなかったものなのか、

 『…シチも。////////
 『? アタシがどうかしましたか?』

 花見の宴のさなかの一枚。ちょっぴり酔ってしまったか、勘兵衛の腕へと凭れてうたた寝していた写真をかざされて。これは貰うからと、とっととお部屋まで強奪されてしまったので、

 「すいませんね、その一枚だけはないんです。」
 「それは残念だな。」

 今日の出来事の洗いざらい、秘蔵の焼酎と共に供された、お夜食のハモのあらいを食しつつ聞いていた勘兵衛が、言いようとは裏腹にくつくつと楽しげに笑って見せた。今宵も遅くに帰って来られた大黒柱で、問題の次男坊は朝型なので とうにお部屋でおやすみ。すれ違いなのも ままいつものことだと、やんわりと笑ってしまわれての…それから。ややあって感慨深げに目許を伏せられて、

 「済まぬな。あまりあちこち連れてってやれなんだ。」
 「あ…。」

 久蔵との同居が始まる前というのを思い出した御主だったらしく。息抜きにという遠出や旅へ、二人で運んだことがなかった訳ではないけれど、

 「写真も撮ったつもりでおったのだがな。」
 「そういやアルバムなんてものは、こっちにはないですね。」

 駿河の宗家、実家にだったら、勘兵衛のものも七郎次のものも、幼いころや学生時代のものを収めた分厚いのが何冊か、書架に収めてあったのだけれど。こちらへ出て来てからと言えば…かりそめのそれだのに妙にムキになって、商社のお仕事へ立ち向かってしまったお陰様。閑職どころか、役員づき秘書課室長様などという、社運を左右しかねぬお立場の、そりゃあ多忙な肩書にまで辿り着いてしまった大誤算の下、この我が家にでさえ帰れぬ日々が出来つつある始末の勘兵衛だったりし。そうまでのご多忙な御主へ、せめてゆっくり羽根のばしをして下さいませと、何もねだらず、ただただ尽くすことしか考えぬ古女房ときて。相手の幸せを一番の欣喜とする、ある意味で立派な“破れ鍋に綴じ蓋”かもしれない、困り者同士のご夫婦だったりするものだから。出掛けたところで疲れさせるばかりじゃあないかと、つい思ってしまうジジムサイところまで、似て来てどうするか、お二人さん。

 「でも。忙しい中でも よく出掛けた方じゃないですか。」

 グラスの中で小さな氷山がからんと躍ったのへ、白い両の手 きれいに揃えて持ち上げた、磨りガラスのボトルをそっと傾けた七郎次であり。細い首を通ることで、ととと…と なめらかな音を鳴らしてそそがれる酒精の、芳しい香が優しい夜陰にふわりと漂う。

 「高原だったり海岸だったり。
  空気もきれいで景色も雄大で、開放感を目一杯 堪能出来て。
  こんなに良いところなのに観光客は少ないっていう、
  穴場をたくさん知ってらして。」

 盆暮れや連休となると、木曽へとばかり出掛けていましたが。それへかぶらぬ間合いにて、少なくとも年に一度は連れ出して下さったじゃないですかと、空で幾つか数えていたのが、

 「…っと。」

 不意な間合い、3つ目と4つ目の間でひたりと止まって。指折り数えていたのがどこかかわいらしい所作だったから尚のこと、それが途切れた間の悪さもまた気まずくて。ほれ見たことか、吐息をつかれた御主だったが……。

 「……そういえば。」

 自分でも何か思い出したらしい勘兵衛が、酌をしやすい間合いを残し、同じソファーへ向かい合っての腰掛けている七郎次へと問うたのが、


  「宿から出ずに終わってしまった遠出というのもなかったか?」
  「……………今、それを思い出してしまったところです。/////////



 さてここで問題です。
(笑) 宿から出ずに終わってしまった遠出の話を持ち出され、なんでまた シチさんが真っ赤っ赤になって口ごもってしまったのでしょうか。


  @ 必ず雨に祟られた“雨男”だったことが露見したのが恥ずかしかったので。

  A あまりそこここに足跡を残せない立場の勘兵衛様なので、
   遠出したはいいけれど…アリバイの関係で外へ出られぬと
   後から気づくおマヌケをたまにやらかしたから。

  B 遠出した意味がないほど、どこでだって出来ることに没頭してしまったから。

  C その他( )




  ………着いてのずっと宿に籠もって、一体 何やってたんですか?


  「この女御には言うてもよいのか? シチ。」
  「な…っ。/////////





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.8.20.


  *手触りならぬ、眺めた印象を思ってのつい、
   平仮名使いの多い筆者ですが、
   今回のタイトルがそうだったのには微妙に意味がありまして。
   何処に行くにも、何処に居るにも、二人一緒、という意味だけじゃなく、
   二人で居るなら何処だって同んなじ、
   何処だろうと いっしょという意味でして。
   これがクイズの答えでもあったりし ……お粗末さまでした。
(笑)


  *ちなみに、おまけもあります。(にっこりvv) →

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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